Large thumb shutterstock 356849681

行うと行なうの違いは?使い分け方や例文と送り仮名が2通りある言葉も

更新:2019.06.21

文章を書くとなった時、「行う」なのか「行なう」なのか送り仮名で迷いますよね。「行なっている」か「行えます」か「行なった」か「行った」か…悩みだすときりがありません。違いはなんなのかもわからないままでは判断もできません。こちらではその辺を説明していきます。

※商品PRを含む記事です。当メディアはAmazonアソシエイト、楽天アフィリエイトを始めとした各種アフィリエイトプログラムに参加しています。当サービスの記事で紹介している商品を購入すると、売上の一部が弊社に還元されます。



行うと行なうの違いは?正しいのは?

行うと行なうの違いは漢字の後の送り仮名

辞書

行うと行なうの違いは送り仮名です。一目瞭然の結果ですが、逆に言えば、違いはそこしかないのです。送り仮名というのは、大人になってからでも意外と迷ってしまうものです。でも、パソコンなどで作業している場合は、変換キーを押せば、漢字と送り仮名にしてくれるから安心…と思っていると困ったことが起きるのです。

その困ったことのうちの一つが、この「行う」「行なう」問題です。パソコンやスマホに「おこなう」と入れて、変換してみて下さい。「行なう」「行う」の両方が存在しているはずです。こうなると、どちらが正しいのか、もしかしたら意味が違うのか?などと思ってしまいますが、意味はどちらも同じです。

送り仮名が「う」だろうが「なう」だろうが、意味は「物事をする・なす・実施する」なのです。「行う」と「行なう」の違いは、完全にその送り仮名にしかありません。ちなみに古典では「仏道修行をする」という意味や「処理する・指図する」という意味もありますが、その場合は「おこなふ」と「う」を「ふ」と表記します。

行うと行なうで正しいのは両方

本

行うと行なうで正しいのは両方です。どちらか一方が間違っているのではなく、どちらで表記しても正解なのです。実は、1972年までは「行なう」が正解とされ、教育現場でも、生徒たちには「行なう」と教えることに決まっていました。しかし、1973年以降は「行う」が正解とされるようになったのです。

ただしかつては「行なう」でも正解にしていたため、文化庁では「行う」でも「行なう」でも構わないということになったのです。一般的な考え方からいけば、その語を活用させたときに、変化しない部分は送り仮名にはなりません。「おこなう」であれば、活用すると「おこなう時」「おこなえば」「おこなえ」となります。

ということは、「行なえます」より「行えます」の方が文法的には正解だということになりますが、「行」という漢字の性質上、「行なった」とした方が良いという場合も存在するのです。だから、文化庁は「行なった」も「行った」も正解だということにしたのでしょう。どちらも正解と言われると逆に混乱してしまいますね。

行うと行なうを使い分けた方が良い場合は?

行うと行なうを使い分けた方が良い場合は「行く」と間違えそうな場合


本

行うと行なうを使い分けた方が良い場合は「行く」と間違えそうな場合です。上記のように、どちらも正解といわれてしまうと混乱しますが、使い方があります。どちらにしても良いけれど、「行った」の場合は「行なった」にした方がよいのです。もちろんどちらも「おこなった」と読めます。

しかし、前者の場合は「いった」と読むこともできてしまいますね。ということは、「行った」という書き方は誤解を生む可能性がある書き方だということになるのです。「行っている」や「行って」も「いっている」「いって」と読まれてしまいそうですね。「行なっている」「行なって」にしておけば、勘違いはおこらないのです

また、微妙な意味の違いで「行う」は自分の動作を「行なう」は催し物や会議などをすすめる様を指すという考え方もあります。「研究を行えます」「練習を行えます」と「会議を行なった」「開会式を行なっている」「只今より入学式を行ないます」という使い分け方があるということですが、こちらはやや分かりにくいですね。

行うと行なうで使い分けた方が良い場合|本則は行なったより行って

書く

行うと行なうで正しいのは、両方ですが、本則は「行なっている」「行なった」のように「な」がつくものより「行って」とする方を正解としています。「な」のつく「行なっている」「行なった」は「許容する」という言い方がなされており、正解というよりは「不正解ではないよ」という程度にとらえておいた方がよいようです。

後ろに、使い分け方をいくつか説明していきますが、結局は本則で正解とされている「な」を使わない「行えます」「行って」が使われることの方が多く、他との見分けが難しい時に「行なっている」「行なった」のような「な」のつくものが使われているようです。「許容する」だけのものは、法的文書などでは使えないのです。

行うと行なうの使い分け方と例文は?

行うと行なうの使い分け方と例文①論文・レポートでは「行う」「行った」

論文

行うと行なうの使い分け方と例文1つ目は、論文・レポートで使う時ですが、基本的には「行う」「行えます」を使うことがおすすめです。先ほどあげたように、自分自身の行動を指すときは「行う」という考え方があるので、それに従えば「実験を行った結果」であり、「私自身が研究を行った上での所感は」とするのが妥当です。


「行った」の前の助詞が「を」なので、「いった」だと勘違いされることもありません。「〇○という指示薬を使うことを実験に行った」とすると、「実験にいった」なのか「実験におこなった」なのかはわかりづらくなりますが、これは送り仮名の問題ではなく、文章の構成の問題です。

「○○という指示薬を使い実験を行った」とすっきりした文章にすれば、「行った」は「おこなった」としか読めません。もっと言えば、「おこなう」を使わずに「実験をした」「研究をする」とした方が、論文やレポートはすっきりします。「行う」「行なう」の違いを気にするくらいなら、使わなければよいのです。

行うと行なうの使い分け方と例文②法的文書は「行う」「行えます」

法律

行うと行なうの使い分け方と例文2つ目は、法的文書で使う時ですが、この場合はは「行う」「行えます」しか使えません。法令で本則は「行う」とされているため、それに倣うのが通例なのです。国が出している文書もその多くが「行う」「行えます」になっています。

だから、一般的には「行う」でも「行なう」でも正解で違いはないとされていますが、法的文書では「行う」に統一しましょう。また、法的文書以外でも「行う」か「行なう」かで迷ったらひらがなで「おこなう」と表記するという手があります。ただし、この手を使う場合は、最初から最後まで平仮名表記にしてください。

途中までが「おこなう」で、途中からが「行う」になるという統一感のなさは、法的な文書でなくとも、不備のある書類だとみなされてしまいます。どれを使うか決めたら、途中で迷ったとしても変更してはいけません。文章の文末表現を「だ・である」から「です・ます」に途中で変えてしまってはいけないのと、同じ理論です。

行うと行なうの使い分け方と例文③履歴書は「行ないます」でも「行う」でも

履歴書

行うと行なうの使い分け方と例文3つ目は、履歴書を書く時ですが、この場合は「行います」でも「行う」でもOKです。「学生の頃から積極的に海外に携わる活動を行なっている」としてもよいし、「学生の頃から積極的に海外に携わる活動を行っている」としてもよいのです。

先にあげた微妙な意味の違いから言えば、自分自身の行動なので「行う」が適切ですが、「行なう」も正解だと国が定めているのですから「行なえます」でも「行えます」でもいいのです。ここでも「行う」「行なう」の前の助詞が「を」なので、「いった」と勘違いされることはないでしょう。

ただし、法的文書の箇所でも述べたように最初から最後まで統一することが大切です。「行なっている」「行なった」としていたものを途中から「行っている」「行った」にしてはいけないのです。書いている間も注意するにこしたことはありませんが、読み直し、推敲するときにしっかりチェックをしましょう。


行うと行なうの使い分け方と例文④五十歳以上には行なっている

きまり

行うと行なうの使い分け方と例文4つ目は、五十歳以上の方に使う時ですが、その場合は、「行なっている」「行なう」を使うことがおすすめです。なぜなら、先ほど述べたように、1972年までは、「行なう」が正しい送り仮名だとされており、学校でもそのように習っていたのです。

1973年に内閣法制局というところから「行う」が本則とされ、「行なう」は「許容する」程度の扱いになってしまいましたが、五十歳以上の方は「行う」を見ると、「間違っているのでは…」と思ってしまう可能性があるのです。だから五十歳以上の方には「活動を行なっております」として挙げた方が親切だといえますね。

行うと行なうのように送り仮名が2通りある言葉は?

行うと行なうのように送り仮名が2通りある言葉①表すと表わす

書く

行うと行なうのように送り仮名が2通りある言葉1つ目は、「表す」と「表わす」です。この二つも「行う」「行なう」と同様に、どちらかが不正解でどちらかが正解というわけではありません。ただし「行う」「行なう」と同様に「表す」の方が使う頻度が高く、法的な文書には「表す」の方を使います。

そして、これもまた「行う」「行なう」問題と同じなのですが、「表す」が「ひょうす」と読まれてしまう危険がある時は「表わす」を使うことが推奨されます。「表す」は、「あらわす」と読めば「(自分の)個人的な感情を人に伝える」という意味で、「喜びを体中で表した(あらわした)」となります。

「ひょうす」と読まれてしまうと「公に自分の考えを表明・宣言する」という意味なので「敬意を表した(ひょうした)」と使います。これもまた微妙な意味の違いではありますが、しっかり使い分けたいので、「喜びを体中で表わした」とすることが推奨されるのです。この場合は助詞がどちらも「を」なのでややこしいですね。

行うと行なうのように送り仮名が2通りある言葉②断ると断わる

書類

行うと行なうのように送り仮名が2通りある言葉2つ目は、「断る」と「断わる」です。これも1つ目と同様に、「断る」の方が使う頻度が高く、法的な文書には「断る」の方を使いますが、「断わる」が不正解ではないです。ちなみに「断る・断わる」の意味は「拒絶する・打ち切る」という意味だけではありません。

「あらかじめ知らせておいて許しをえる」という意味や「念のために言う」という意味もあるのです。でも、だからといって、意味によって使い分けるわけでもないし、「おこなう」や「あらわす」のように読み間違えられてしまう心配もないので、この「断る」「断わる」に関しては、法的な文書以外は、お好みで使いましょう。

行うと行なうのように送り仮名が2通りある言葉③現れると現われる

書類

行うと行なうのように送り仮名が2通りある言葉2つ目は、「現れる」と「現われる」です。これも他のものと同様「現れる」の方が使う頻度が高く、法的な文書には「現れる」の方を使いますが、「現われる」が不正解だということではありません。また、読み間違えることもないので、「断る・断わる」同様お好みでとなります。

ただし、こちらも冒頭の「行う」「行なう」と同様に本則は「現れる」です。「現われる」の方はその使い方を許容されているだけだということは念頭に置いておきましょう。この言葉の場合は送り仮名よりも「表す・表わす」との違いが問題となります。どちらも見て確認をとることができる状態を指していますが、違うのです。

「現」の方は「隠れていたものが見えるようになること」を指します。「表」の方は「感情や思いが表に出ること」をいうのです。前者は物理的に何かが姿を見せることであり、後者は情緒的なものが表現されてしまうことを言うので、送り仮名云々よりも、漢字を見て意味の違いに気をつけた方がよいです。同音異義語ですね。

日本語は難しくて面白い

日本語には漢字と送り仮名があり、その使い方や使い分けのルールもあってむずかしいですね。母国語なのに、知らないことも多くて驚くことも多いです。時期によって送り仮名が変わっているというのも面白い話で、そこにかくされた意味や、誰が変えようと考えたのかを探っていくと、深みにはまってしまいそうですね。

日本語というのは、奥深く魅力のあるものです。この「行う」「行なう」問題を一つの手がかりとして、あなたの知らない日本語について見識を深め、また広げていってみて下さい。日本語は美しく、そして学び始めればきりのない言語です。その難しさに嫌気がさすのではなく、難しいからこその面白みに、ぜひ目を向けて下さい。

送り仮名で迷ってしまうものも、間違えやすい同音異義語もまだまだたくさん存在します。久しぶりに辞書を開いてみるのもまた、一興でしょう。後に関連記事を載せておくので、参考にしてみて下さい。

●商品やサービスを紹介いたします記事の内容は、必ずしもそれらの効能・効果を保証するものではございません。
商品やサービスのご購入・ご利用に関して、当メディア運営者は一切の責任を負いません。